心地よい暮らしのための灯りを考える
2023. 10. 20 | 家づくりガイド |
家を計画してプランが固まってくると、次に考えなくてはいけないのが照明計画です。
同じ空間でも、心が落ち着く空間になるかどうかのカギを、照明が大きく握っています。
毎日過ごす家が不快感なく、くつろげる空間になるように、
押さえておきたい照明計画のポイントをお伝えします。
目次
照明計画の考え方
照明計画とは、部屋のどの位置にどんな高さでどんな種類の照明器具を配置するのか、
空間の用途や目的に合わせて計画することです。
ですが日本の住宅では、シーリングライトを部屋の天井のど真ん中に取り付けることが定番になっています。
シーリングライトは、部屋全体を明るく照らすには効果的ですが、光が単調で灯りのメリハリがなく、残念ながら味気のない空間になってしまいます。
また、シーリングライトのプラスチックの大きな器具の存在感も、天井高2200㎜を基本とする弊社の計画には圧迫感が生まれ、空間の質も下げてしまいます。
不特定多数の人が住む賃貸住宅では仕方がないとしても、
このブログを読んでいる注文住宅をご検討されている皆様には、
自分の暮らし方に合った灯りを、それぞれの居場所に必要な灯りをしっかり計画し、
すてきな夜を演出する灯りをイメージして頂きたいです。
必要な照明を検討する際、タスク・アンビエント照明という考え方を意識してみましょう。
タスクライト:作業灯や読書灯など、対象物や特定の範囲(task)を部分的に照らす照明
アンビエントライト:天井や壁など作業者の周辺(ambient)を照らす照明
各部屋にひとつずつではなく、必要なところに必要な明かりを、という至ってシンプルな考え方です。
これにより光の濃淡が生まれ、場の持つ雰囲気に奥行き・立体感が出ます。
素敵なカフェやレストランを想像してみてください。
店内は薄暗い暖かみのある色の照明(ambient)、厨房は調理に必要な明るい照明(task)、テーブルには料理を照らすペンダント照明(task)。
そこに漂う香り、心地よい音楽、そして美味しい料理やお酒でムードが醸成され、まったりとリラックスできる時間が流れるという体験は、皆さんもあるのではないでしょうか。
その落ち着きはお店という特別な演出力もありますが、カギを握るのは照明計画の「一室一灯」ではなく、「一室多灯」にあります。
均一に明るくしすぎず、タスクライトとアンビエントライトを上手に使い分けて、
陰と光の対比を楽しむ「局部照明」の計画が心地良い空間づくりのポイントです。
point1:天井面をすっきりと美しく
欲しいところに光を配分しやすい照明器具として、天井埋め込みのダウンライトがあります。
計画をしていると、暗いよりは明るい方が良い、とついついダウンライトを追加しがちですが、
ダウンライトの配置や数によっても、受ける印象は大きく変わります。
天井に取り付けるダウンライトは、点いているときも消えているときも、その存在がどうしても視界に入ってきます。
ダウンライトは本当に必要な場所に個数をしぼり、配列も整理することで、天井がすっきりと美しくなります。
また、直径の小さい製品にして目立ちにくくしたり、場所によってはまぶしさ(グレア)を軽減する「グレアレスダウンライト」を選択するのも有効です。
ダウンライトの計画からもう一歩くつろぎの空間を突き詰めると、
壁設置のブラケット照明や、吊り下げるタイプのペンダント照明を中心とした照明計画がおすすめです。
これらの器具は天井面に照明が付かないので灯りの重心が下がり、より落ち着いた雰囲気を出してくれます。
もし、暗くなり過ぎないかと心配な場合は、自由に追加・移動できるスタンド照明をプラスして、脱ダウンライトを目指す計画も有りですよ。
天井面の美しさ、壁面の陰影、光の与え方次第で、空間の質が大きく変わります。
point2:温かいオレンジの電球色
照明は、光の色によっても空間の印象がガラリと変わります。
大きく分けて、
電球色(オレンジ)・温白色(キイロ)・昼白色(シロ)・昼光色(アオ)
があります。
リラックスして寛ぐ空間には電球色、作業をする空間には昼白色、と目的に合わせて色を選ぶという照明の教科書もありますが、部屋によって極端に色が違うのはチグハグな印象を生むので、ここではNGとします。
やはり、おすすめは温かく落ち着きのあるオレンジ色の電球色。
作業場所で少しクリアな色の照明が欲しい場合は温白色までにとどめておくと、電球色との差が大きくなりすぎずに空間として馴染みます。
また、電球色でも必要な明るさを確保すれば決して暗くはありません。
同じW数の電球でも、ルーメン(光束)数が高い方がより明るく感じられたり、
照明器具の素材や形によっても、周囲に光を広げるものや、局所的に方向性のある光を出すものなど、広がり方の違いによっても明るさの印象は変わります。
point3:お気に入りの照明をポイントに入れてみる
お気に入りの照明をポイントとしてひとつ取り入れると、照明への愛着がぐっと深まります。
照明はインテリアとしても大事な要素。
この照明素敵だな~と愛でてあげるのも良いものです。
point4:間接照明は狭い空間にもおすすめ
建築の中に照明器具を隠す間接照明は、光源を直接見せないため、空間全体がすっきりとした印象になります。
空間に奥行き感や広がり感を与え、天井や壁面のテクスチャーも引き立てながら、やわらかく落ち着いた雰囲気を出し、室内全体の明るさも高まります。
point5:引き算の計画
計画中は「暗いと不安…」、もしくは「好きな照明をあれもこれも加えたい!」という気持ちになりますが、そこはぐっと抑えて、ぜひ引き算の計画を意識してみて下さい。
ダイニングはダイニングの照明、リビングはリビングの照明と個々の場所で考えるのではなく、
広くつながる一つの空間でイメージしましょう。
それぞれの明るさがプラスされると、想像以上に明るい空間になります。
設計者としっかり灯りの価値観を共有して、足しすぎないように注意しましょう。
あとは生活しながら、少し物足りなければスタンドライトを足すなどの柔軟な考え方も大切です。
point6:実例で体感してみる
完成見学会では、間取りや素材に目が行きがちですが、
夕暮れ時をねらって夜の雰囲気も体感してみると良いと思います。
一日の生活のなかで一番明るさ不足を感じるのは夕暮れ時です。
夕方の屋外は意外と明るいので、その対比からそう感じるようです。
完全な夜になると、外が暗いのでそれほど明るさ不足は気になりません。
全景では少し暗さを感じることがあっても、
椅子に座ったり、ソファに腰掛けたり、キッチンに立って作業することをイメージしながら灯りの確認をしてみると、それぞれに必要な明るさの感覚が見えてきます。
明るさの感覚は数値では計れない部分で、個人差も大きいです。
ぜひ、実際の夜の雰囲気を見て、自分の灯りの好みを知ることをおすすめします。
まとめ
昭和初期の谷崎潤一郎のエッセイ「陰翳礼賛(いんえいらいさん)」には、現在の照明にも通じる重要なあかりの原点が書かれています。
当時はほとんどの家庭にようやく白熱電球が普及した頃で、それまでのろうそくの光と比べると、とてつもなく明るい光源でした。
本の中では「ろうそくや油の時代は良かった。白熱電球で煌々と明るくなったために全てが均一に見え美しさに欠けるようになった」と書かれています。
物の見え方についても、「羊羹、漆器、白粉、金糸の着物、金屏風などは、暗いろうそくの下ではその質感や気品が良く感じられるが、白熱電球の下では全てが見えてしまい気品が無くなる」という表現も。
現代に置き換えると、「白熱電球の時代は良かった!LEDは明る過ぎて全てが見えてしまい質感や高級感に欠ける」と言い換えられそうです。
LEDは消費電力が少なく寿命も伸び、暑くもならず虫も寄りにくいという、環境にはとても良い製品ですが、光が直線的に配光されるので雰囲気としては白熱電球には劣ります。。
既に一世紀近く経つエッセイですがこうも書かれています。
『何にしても今日の室内の照明は、書を読むとか、字を書くとか、針を運ぶとか云うことは最早《もはや》問題でなく、
“専ら四隅の蔭を消すことに費される” ようになった』・・と。
現在でも暗さを恐れるあまりに、いつしか室内の陰を消すことが照明器具の目的になってしまっているのではないかとハッとする一文です。
他にも、建築家・吉村順三氏は『欲しいのは光であって、照明器具ではない』とおっしゃっています。
この言葉はとても大切にしたい考え方で、照明設計の素になっています。
照明器具はあくまでわき役。
照明のそれぞれの特性を理解した上で、ただただひっそりと控えめに、
光そのものが必要なところにあり、明るすぎない照明計画が落ち着いた空間をつくる大切な要素です。
※引用 「陰翳礼讃」について、青空文庫作成ファイルを用いた。底本:「陰翳礼讃 改版」(中公文庫/中央公論新社)